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瀬戸内暮らしのノート

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色の見え方を楽しむコンビマフラー・ストールの巻き方

瀬戸内暮らしのノート

こんばんは。
 
SELECT SHOP ROOTS135°スタッフの三澤です。

寒い冬に身に着けたい温かいマフラーやストール。
 
巻き方が、ついついワンパターンになっていませんか?
 
お恥ずかしながら私は、首回りにぐるりと巻くだけのぐるぐる巻きや、ワンループ巻きが多いです。

そこで、私たちが今おすすめしている佩(ハク)の「コンビマフラー・ストール」を使って、

首元のアクセントになり、色の見え方を楽しめるマフラー、ストールのアレンジをご紹介します。

一緒に覚えて明日から新たな巻き方に挑戦してみませんか?
 
■目次■
・コンビマフラー・ストールの特徴
・1色をメインで見せるシンプルでベーシックな「ニューヨーク巻き」
・ボリュームもあり、上品さも漂う「ポット巻き」
・2色をバランスよく見せるふんわり「ミラノ巻き」
・コロンと可愛いリボン風「クロス巻き」
・首元にゆとりをもたせた上品な「8の字巻き」
・さいごに
 
~佩(ハク)コンビマフラー・ストールの特徴~
 hac_20AW
マフラーを巻くと首回りがもこもこして、コーディネートが野暮ったく見えてしまうことはありませんか?

佩(ハク)のコンビマフラー・ストールは、薄くてかさばらない、高機能で上質なウール100%の天竺生地を使用しているので、寒さが厳しい冬になっても過剰なボリュームを抑えてすっきりとしたシルエットでしっかり防寒することができます。

そして、スカーフやショールのような柔らかなギャザーやドレープを作る上品な巻き方もできます。
 
天竺生地とは、経糸と緯糸を交互に浮き沈みさせながら織る「平編み」生地のこと。

セーターやカーディガンといったニットウェアはもちろん、Tシャツを始めとしたカットソーなどに用いられる通気性と横方向への伸縮性に優れている生地です。  
     
他にはない、目を惹く色の組み合わせを楽しめるのもコンビマフラー・ストールだけですので注目してみてください。
 
それでは実際にアレンジをしてみましょう!!
 

1色をメインで見せるシンプルでベーシックな「ニューヨーク巻き」

1、コンビマフラーの横幅を半分に折ります。
そして、2色のうちどちらをメインで見せたいか決めて、左右のマフラーが同じ長さになるよう首に一周巻きつけます。
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2、マフラーの両端をクロスさせ1回結びます。
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3、最後にマフラーの両端を上下に重ねて完成です。
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薄手で長く細いコンビマフラーだからこそ、きちんと感が増します。
カジュアルなお洋服だけではなく、スーツスタイルにも合う巻き方です。
 

ボリュームもあり上品さも漂う「ポット巻き」

こちらも1色をメインに巻いてみます。

1、コンビマフラーの横幅を半分に折り、首に緩く一周巻きます。
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2、首に巻き付けてできた輪を画像のようにねじり、輪をつくります。
輪の大きさは、マフラーの両端が差し込めるくらいがちょうどいいです。
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3、つくった輪の中に、マフラーの両端を片方づつ差し込みます。
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4、輪を整えて完成です。
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コンビマフラーの端の色をさりげなく見せることで立体感がでてワンポイントになります。

横は、すっきりとまとまっています。
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後ろは首をしっかりと包んで温めてくれます。
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サンドベージュをメインで巻くと、やわらかで落ち着いた印象になります。マフラー端のマスタードがアクセントになります。
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2色をバランスよく見せるふんわり「ミラノ巻き」

1、コンビマフラーを画像のようにクシュクシュと縮めます。
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2、マフラーの片方を長くして首にかけます。
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3、長い方を首に一周巻きつけます。
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4、巻きつけてできた輪の内側(首と輪の間)から片方を引き出します。
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5、出てきた輪に長い方の端を通して、やさしく引きます。
左右の長さを整えて完成です。
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簡単なのに、二色が混ざり合うことで手の込んだ巻き方に見えませんか?

最初に生地を細かく寄せることで、マフラーにボリュームが出て、首をふんわりやさしく包んでくれます。
 

女性らしいコロンと可愛い「クロス巻き」

1、ミラノ巻きと同じように、最初にマフラーを画像のようにクシュクシュと縮めます。
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2、マフラーの中央をふんわりと一結びし、ゆるめにこぶを作ります。
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3、こぶを喉前にくるようにして、マフラーを首に一周巻きつけます。
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4、マフラーの両端を、左右それぞれこぶの中に通します。
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5、こぶのボリュームと、マフラー両端の色の見え方を好きなように整えて完成です。
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こぶとマフラー端にふんわりとギャザーを寄せると、リボンのような可愛らしいアレンジになりました。
 

首元にゆとりをもたせた「8の字巻き」

結び目が見えるアレンジに飽きたら、ストールのようなふんわりスヌード(輪状・円状の丸いストール)風にアレンジをしましょう。
形が崩れにくいのもポイントです。
 
1、マフラーを広げて両端を画像のように一結びます。すると大きな輪ができます。
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2、大きな輪を頭からかぶります。
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3、大きな1つの輪を8の字になるよう1回ねじり、新たに輪を作ります。
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4、作った輪の中に顔を入れ、頭からかぶります。
結び目を隠し、マフラー端を横や後ろへずらし、重なった輪とドレープを整えて完成です。
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大判で、滑らかな生地のコンビマフラー・ストールだからこそできるアレンジです。
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~さいごに~

早速試したくなるような巻き方は見つかりましたでしょうか?
 
佩のコンビマフラー・ストールは、シンプルながらアクセントになる配色が目を惹くバイカラー仕様なので、巻き方を替えただけでも、印象が変わります。
 
SELECT SHOP ROOTS135°では、5色展開でご用意しています。

佩(ハク)コンビマフラー・ストールの商品ページはこちらからどうぞ。
 
お気に入りの配色のマフラー・ストールを見つけて今回ご紹介した巻き方を是非、実践してみてください。

最後までお読みいただきありがとうありがとうございました。
 

2020-11-20 21:44:10

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香川といえば、うどん!讃岐うどんのあれこれ。

瀬戸内暮らしのノート


こんにちは、店長の古沢です。

今回のスタッフルームは、個人的な考察多めで、ゆるーく書いています。

少しでも「瀬戸内」や「香川県」に興味を持って頂ければ幸いです。

どうぞ、お気軽にお読みください。
 


■目次■
・香川県といえば?
・讃岐うどんの起源
・なぜ香川でうどん?
・さいごに


 
-香川県といえば?-

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(SELECT SHOP ROOTS135°が拠点を構える香川県観音寺市の風景)


SELECT SHOP ROOTS135°は香川県にて、香川県在住のスタッフが運営をしています。

皆さんは香川県と聞いて何を思い浮かべますか?

ちょっと古めのデータなのですが、2008年に実施したgooランキング(https://ranking.goo.ne.jp/)では下記のようになっています。
 

1位 ???????
*ヒントはこの記事のタイトルです。
 
2位 こんぴらさん(金比羅宮)
*長ーい石段が有名。奥社の厳魂神社まで登ると、なんと「1,368段」!!
 
3位 瀬戸大橋
*「世界長い鉄道道路併用橋」としてギネス世界記録にも認定されています!
 
4位 小豆島
*エンジェルロードの番猫「タエちゃん」が最近の私のマイブームです。
 
5位 二十四の瞳
*壺井栄さんの長編小説ですね。小学生の時、読書感想文で読みました~。
 
6位 四国遍路(四国八十八カ所巡り)
*世界的にも有名。コロナ禍になる前は海外からも多くの方が来られており、遍路装束で歩いている姿を見かけました。
 
7位 栗林公園(りつりんこうえん)
*国の特別名勝に指定されている文化財庭園の中で、最大の広さを持つ公園です。
 
8位 オリーブ
*温暖で日照時間の長い香川県はオリーブの一大産地なのです!
 
9位 小豆島そうめん
*今から約400年前、島民がお伊勢参りの途中に、現在の奈良県桜井市で手延べの技術を習い持ち帰ったと言われています。
 
10位 加ト吉
*幼少期に見たTV CMの歌「か~と~きっちゃん♪かときっちゃん♪♪」のフレーズが頭から離れません。
 

さて、栄えある1位は何でしょうか??

はい、これはもう愚問ですね。

皆さんお察しの通り本日のテーマの「讃岐うどん」です!

というわけで、今日は「讃岐うどん」についてお話したいと思います。

 
 
-讃岐うどんの起源-

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まずは、讃岐うどんの歴史から。

起源については諸説あるようですが、1200年ほど前に空海(弘法大師)が遣唐使として派遣された際に、
中国の西安で学んだ製法を生誕地の香川県に持ち帰ったという説を有力視する方が多いようです。

1200年の歴史がある食べものとなれば、ものすごいことですが、
その当時の小麦粉や塩の存在から考えるにそのような食文化はありえなかったのではないかと、異を唱える文献もありました。

香川県生まれの偉いお坊さんである空海への尊敬の想いもあって、功績として広まっているのかなと思います。
 
讃岐うどんについては、沢山の記事や文献が存在すると思いますので、
あくまで私が読んだ記事や文献の中でということになりますが、起源について明快な根拠を示せているものはありませんでした。
 
個人的に、一番現実的で有力かなと思うのが、「こんぴら参り」説です。

「空海」説より時代はかなり進んでしまうのですが、
江戸時代に入って「こんぴらさん(金比羅宮)」は『海の神様』として全国からの信仰を集めていました。

現在も多くの観光客で賑わっていますが、金刀比羅宮(通称:こんぴらさん)が『海の神様』ということは、
今回色々と記事を読んで、調べてみて、初めて知りました。

現在でも全国の海に関する事業者から多くの寄付を頂いているようです。
 
当時のこんぴら参りは高松港に船で渡り、こんぴら街道(現国道32号線)で向かう事が主流だったそうです。

その途中に綾川(丸亀市綾歌町)という川があり、その周辺は宿場町として栄えていました。

土地の人たちは、この川の流れを利用し、水車で石臼を回し、小麦粉を製粉していたのです。

そこから庶民の食として、うどん作りが始まったと考えられています。

当時のうどん店は宿屋の一階にあることが多かったようです。

江戸時代に書かれた、金毘羅祭礼図には3軒のうどん屋が描かれており、
当時の金毘羅さんにうどん屋があったことが証明されています。


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(金比羅祭礼図のレプリカ@香川県農業試験場)


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(伸ばし工程)


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(切る工程)


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(捏ねる工程)

(出展:https://www.flour.co.jp/news/article/554/)
 

このとき参拝者が、門前で食べた讃岐うどんの美味しさに感銘し、それを全国に伝えたと言われています。

通信網が現代とは比べ物にならないほど未発達の江戸時代に、一地方の食べものの評判が全国に伝わるとなると、
そこには「信仰」のような「大きな力」「ブーム」が大きく関わっていたのでしょう。
 
讃岐うどんだけでなく、信州蕎麦や名古屋きしめんなどにも古い歴史があり、
その普及・発展には「信仰」が関わっていると言われています。

江戸時代以降、讃岐うどんは金刀比羅宮、信州蕎麦は長野の善光寺、
出雲蕎麦は島根の出雲大社、名古屋きしめんは熱田神宮、伊勢うどんは伊勢神宮の門前町で栄え、
食べて感銘を受けた参拝者が地元へ戻り広めていったという自然な流れが考えられます。
 


-なぜ香川でうどん?-

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(収穫間近の小麦)


では、なぜ香川県で「うどん」だったのかについて。

これには当然ながら、うどん材料の「小麦」と「塩」の生産が大きく関わってきます。
そして、「だし」をとる「イリコ」も。
 
そもそも讃岐地方は小作地が多いうえに、降水量が少なく干ばつに悩まされることが多い地域でした。

つまり、米の生産に関しては非常に向いていない土地だったということです。

逆に、1年通して降水量の少ない瀬戸内の香川は小麦の収穫期にあたる5月末~6月中旬にも雨が少ないため、
小麦栽培に適した気候となりました。

このため、米は当時の人々にとって贅沢品となり、米の代わりに代用するものとして考えられたのが小麦で作ったうどんだったのです。

だからこそ、当時から讃岐の人々は、うどんを美味しく食べることに、熱心な研究を重ね、努力をしてきました。
 
また、瀬戸内地方では、古くから塩づくりが盛んでした。

香川県沿岸各地の遺跡からは弥生・古墳時代の製塩土器が出土するな、塩づくりの跡をたくさん見ることができます。

そして、奈良時代から江戸時代へと時代が移り変わっていく中で、製塩方法も進歩し、大量生産が可能になりました。

ちょうど、こんぴら参りの門前でうどんが栄えた時期と重なります。

坂出・宇多津地域で発展した「入浜式塩田」と呼ばれる製塩方法で、潮の干満差を利用して、多くの海水を塩田に引き入れ、
毛細管現象を利用して、砂の上層部に海水を供給します。

太陽と風で水分を蒸発させて、塩分がたっぷり付着した砂を集めて海水で洗って、濃い塩水を抽出する方法です。

この方法は、江戸時代~昭和30年ころまで続きました。


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(出展:山口県防府市HP https://www.city.hofu.yamaguchi.jp/soshiki/25/irihama.html
 

最後に「イリコ」の話を少し。

香川県は全国でも有数のイリコ(カタクチイワシ)の産地です。

瀬戸内海のおだやかな海で育ったイワシでつくる香川県のイリコは、濃厚でうま味が強いのが特徴。

当然、讃岐うどんの「だし」にも使われ、家庭料理でも数多く登場します。
 
余談ですが、古沢家の味噌汁の「だし」は必ず「イリコ」でとられていました。
「イリコだし」の風味は、どこで暮らしても絶対に忘れない「故郷の味」になっています。
 
私たちの拠点がある香川県観音寺市に「イリコの島」と呼ばれる島があります。
「伊吹島(いぶきじま)」です。

SELECT SHOP ROOTS135°のTwitter(@roots135)やInstagram(roots135)の投稿にも度々登場しますので、
ご興味のある方はご覧になってもらえたら嬉しいです。

伊吹島のイリコは有名で、平成23年度に「伊吹いりこ」という名称で地域団体商標に登録されました。

更なる知名度の向上とブランド化に地域をあげて取り組んでいます。
 
ただ、伊吹島の漁業で本格的にイリコ漁が始まったのは、江戸時代も末期、幕末頃のようです。

伊吹島をはじめとした香川の「イリコ」は、讃岐うどん発祥の時代からあったわけではないので、
近代にかけてのうどんの発展に寄与したということになるのですが、ご当地ですので触れさせて頂きました。
 


-さいごに-

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(伊吹島の港でくつろぐ猫)


いかがでしたでしょうか?

「讃岐うどん」の豆知識的な要素も多くなりましたが、少しでも興味を持って頂けたら幸いです。

香川県の街中では、至るところにうどん店の看板が掲げられ、日々、地元の方や観光客の方で賑わっています。

お店それぞれで食感に特徴があり、もちもちのうどん、ふんわりしたうどん、ゴアゴアしたうどんなどなど、皆好みのお店に通います。

食感は違えども、どのお店も小麦の旨みと風味がしっかりと感じられるのが、自画自賛ですが「さすが本場の味」と言ったところです。

是非、香川へ好みのうどんを探しに来てみてください。

お待ちしています。
 
ご精読ありがとうございました。
 

2020-11-09 22:29:43

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AJI PROJECTへの想い

瀬戸内暮らしのノート
(高松市屋島から一望した庵治石産地の様子。)


こんにちは、SELECT SHOP ROOTS135°店長の古沢です。

「瀬戸内よいもの便り」でご紹介している「AJI PROJECT」

瀬戸内は香川県が世界に誇る銘石「庵治石(あじいし)」を使ったプロダクトです。

「花崗岩のダイヤモンド」と称され、最高級の石材製品(主に石彫刻、建材、墓碑など)として重用されているのが庵治石です。

採石使用され始めたのは、およそ1000年前の平安時代後期にまでさかのぼります。

「AJI PROJECT」は、長い歴史と伝統、培われてきた庵治石加工の技術や知恵を用い、今の時代を生きる職人たちの手によって、
新しい発想で、新しい庵治石として表現されています。

人々の暮らしの中に、そっと寄り添う、日常使いできる石のプロダクトに姿を変えながらも、確かな存在感を放つ庵治石。

その秘められた無限の可能性を信じ、新たな挑戦を続ける職人たち。

SELECT SHOP ROOTS135°は「AJI PROJECT」を通して、
「瀬戸内」のものづくりや職人たちの技術と想いを、私たちらしい視点で発信していきたいと思います。


 




-【インタビュー】 二宮 力 AJI PROJECT 職人代表-


今回のインタビューは、AJI PROJECTの職人を代表して、
株式会社二宮石材 二宮力 代表取締役に「AJI PROJECT」「庵治石」について、深くお話を伺いました。


 AJIPROJECT


~まず、「AJI PROJECT」とは、どのような想いや背景から生まれたものか教えて頂けますか?~
 

分かりました。

まず、庵治石の石材業は、およそ1000年の歴史があります。

1000年の歴史においては、自分たちは一瞬の「点」でしかないと思っています。

振り返れば1000年という長い伝統があるわけですが、
これは、それぞれの時代を「点」として生きた、名もなき職人たちが脈々と伝え続けてきた技術や産地としての誇りが
「伝統」という形で繋がり、自分たちの目の前にあるという感覚ですね。

この、技術の伝統、庵治産地の伝統を10年後、20年後、さらには50年後、100年後へ繋げていきたい。

50年後、100年後を生きる次の世代、その次の世代の職人たちが誇れる伝統を作っていくことが、
今の時代を生きている自分たちの使命ですよね。

たまたま、自分たちの時代には主力製品となる、墓碑の商売があったので、やってこられました。

しかし、今は墓碑などが沢山は売れない厳しい時代になってきました。

これまでの石製品作りで培われた石材業の技術や知恵を他のものへ活かす道を作り、次の世代へ繋げていきたいのです。

そういう、強い使命感で「AJI PROJECT」は始まりました。

 


瀬戸内暮らしのノート
(現在まで、約1000年間の採掘作業が続けられている庵治石の丁場)



~それでは、「AJI PROJECT」に参加されている職人の方々に共通する想いを教えて下さい。~

 
今現在、AJI PROJECTに参加している人数は8名なのですが、皆それぞれ参加した理由は違うと思います。

これは、あくまで僕の想いとしてお話ししますね。

僕は何よりも庵治産地の活性化、これが一番です。

時代ともに、どんどん世の中が変わっていく中で、これまで通りに、既存製品の商売だけに頼り過ぎてはいけません。

太古に滅びた恐竜や動物のように、人間やモノも対応能力がなければ生き残っていけないと思います。

既存製品の商売だけやっていれば生きていけるという感覚は、僕自身には全くありません。

庵治石と自分の技術を使って、これまでにない新しいことができないかと、常日頃から考え続けて仕事をしています。

だから、「庵治産地のために」という想い、ビジョンはこれからもメンバーに伝え続けていきたいですね。

 


瀬戸内暮らしのノート
(二宮さんが専門とする文字や絵を彫る加工。ミリ単位の細かな加工に耐えうる庵治石の「ねばり」と職人の高い「技術」。)



~余談になってしまいますが、墓碑などが売れない、既存製品の商売が難しくなってきたのはいつ頃からなのでしょうか?~
 

僕が独立して27年なのですが、
その頃から「もうすぐ、墓碑が売れなくなる時代がやってくる」ということは言われていました。

それが、12~3年くらい前から、その兆候が強まり、一気に廃業する、石の仕事を辞める職人が出てきました。

ものすごく高い技術を持っていて、
業界の中で尊敬される職人であっても仕事を辞めないといけない状況になっていることが残念でなりません。

高い技術を見せる、表現する従来の石製品が売れなければ、どうしようもないということですよね。

(墓碑が売れない)理由には、中国などの海外から、非常に安い製品が大量に入ってきている、ということがあります。

その他にも、時代の流れとともに、日本の文化や価値観、生活様式が変わってきたことも関係しているでしょうね。

簡素化や能率化、効率化が重視され過ぎて、日本の「手仕事のものづくり」や「職人の技術」が廃れていくことを危惧しています。



 
~なるほど。墓碑などの業界も海外製品の脅威にさらされているとは知りませんでした。
「AJI PROJECT」には、日本の「ものづくり」や「職人の技術」を守りたいという想いも強く感じます。~

 
そうですね。

「日本のものづくり」「日本の職人の技術」は本当に高く、世界に誇れる財産です。
ここに再びスポットライトを当てたいですね。



 
~それは、「AJI PROJECT」発足当初から変わらないビジョンということでしょうか?~
 

大きく言えば変わっていません。

(AJI PROJECTを)始めた当初は、墓碑の商売を基準として、庵治石という素晴らしい石を知ってもらい、
選択肢の一つとして考えてもらう入口にしたい、という考えがありました。

ただ、現在は時代と共にどんどん変わっていく状況の中で、
時間はかかるかもしれませんが、墓碑などの従来製品に並ぶ、あるいはそれらに代わる主軸となる製品を、
今の道具、今の技術で創り出したいという考えでものづくり(AJI PROJECTで制作しているインテリアグッズなどの)をしています。




瀬戸内暮らしのノート
(庵治石を研磨する道具。工程や表現したい艶に合わせて、細かくパーツを変えて作業をする。)


瀬戸内暮らしのノート
(自然物である石はひとつとして同じものがない。一つひとつの石と向き合い、地道な手仕事の作業を繰り返す。)



~「AJI PROJECT」を通して、庵治産地の石工を子供たちや若者が憧れる仕事にしていきたいという想いはお持ちですか?~

 
もちろん、あります。

技能五輪全国大会という競技大会があるのですが(青年技能者の技能レベルの日本一を競う競技大会)、
庵治産地からも、石工の部門で毎年参加者を送り、優秀な成績を納めてきました。

ところが2年ほど前から、出場者を出すことができなくなりました。

技能のレベルが落ちたからではなく、職人の高齢化が進み、出場資格(満23歳以下)を満たす職人がいなくなったためです。

 


~庵治石という素晴らしい資源が産する土地に生まれ、石材業や石工さんが身近にいても、職人を目指さない?~

 
そうです。

やっぱり、庵治産地で生まれ育った子供たちには自分が生まれた土地のことを誇りに思ってもらいたいですし、
石の職人が憧れの職業になって欲しい。

そのためにも、実際のモノを見て、「こんなことが人間の手でできるのか!」と感動してもらえる、
「自分の手で作ってみたい!」と思ってもらえるような製品作りや発信の仕方を「AJI PROJECT」で行っていきたいですね。



 
~庵治産地の職人さんで、今一番若い方というのは何歳くらいの方ですか?~
 

僕の知っている限りでは、一番若くて26歳か27歳くらいの職人が数名いる程度ですね。

本当にこのままでは、おじいちゃん、おばあちゃんだけになってしまう。

そういう意味では、最初の方の質問の答えになるのかもしれませんが、
「庵治産地の未来に対する危機感」というのは、プロジェクトのメンバーが共通して持っている認識だと思います。




瀬戸内暮らしのノート 
(町の至る所で石に出会える庵治産地。何気なく、庵治石の大材が積み上げられていたりして驚く。)



~最後に、二宮さんが思う庵治石の魅力を教えて下さい。~

 
硬度があり、粘りがあり、水分の含有量が少ないので風化に強い。

磨けば庵治石にしかない独特の美しい「斑(ふ)」と呼ばれる斑模様が表れる。

こんな石は、世界中のどこを探してもない、唯一無二の石です。

粘りがあるというのは、石職人独特の表現で、石を形成する粒子の密度が高く、石と石が結びつく力が強いことを表します。
この点は、他の石とは全く違います。

これによって、とても細かな細工が可能なのですが、扱いが難しく、職人の腕が試される石でもあります。

石自体もすごいし、産地の職人の技術も日本一だと自負しています。

「花崗岩のダイヤモンド」と呼ばれてはいますが、まだまだ認知度は低いです。

新しい可能性を無限に秘めている石、従来の製品以外にも色々なことに使えるはずです。

もっともっと多くの人に知ってもらえたら、どんなすごいことになるのだろうと本当に楽しみです。


 



-最後に ~SELECT SHOP ROOTS135°が感じたこと、伝えたいこと~-

瀬戸内暮らしのノート

AJI PROJECT 職人代表の二宮さんの言葉からは、庵治産地の現状に対する危機感、
そして、この現状を何とかしたいと前に進もうとする挑戦者としての情熱をヒシヒシと感じました。

時代と共に、目まぐるしく変わっていく社会の中で、新しいことに挑戦し続け、
自分たちの信じる理想を伝え続けていくことには、勇気と膨大なエネルギーが必要です。

「AJI PROJECT」は、これからもプロジェクトメンバーの職人の方々が、
「庵治石」や「己の技術」と向き合いながら、「庵治産地のために」という想いをエネルギーにして
前へと進めていくのだと信じています。

「瀬戸内よいもの便り」の企画を通して、多くの「人」や「モノ」、「土地」と出会い、
改めて、瀬戸内で丁寧に育まれた“価値”とは何なのか、 考え続ける日々が続いています。

今はまだ、明確な答えを見つけられたわけではないですが、
一つひとつの出会いを通じて、確実に答えに近づいている実感があります。

土地で産する資源と長い歴史で培われた技術を新しい価値観で表現する「職人たち」と、そこから生まれる「ものづくり」。

これが、庵治石の産地での出会った、私たちが伝えていきたい“価値”です。

SELECT SHOP ROOTS135°は、これからも自問自答を繰り返しながら、
「瀬戸内で丁寧に育まれた“価値”」を伝えるために、前へ進み続けたいと思います。

ご精読ありがとうございました。
 
 

2020-10-25 09:32:00

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庵治石とは

瀬戸内暮らしのノート
(高松市の屋島から見下ろした牟礼・庵治地区は瀬戸内海に面した穏やかな場所。)

こんにちは、SELECT SHOP ROOTS135°店長の古沢です。

私たちが暮らす瀬戸内の魅力や、瀬戸内の職人たちが培ってきたものづくりの技術を多くの方に知っていただきたい、
お伝えしたい、そんな想いから始まった企画「瀬戸内よいもの便り」。

第2回は、瀬戸内は香川県が世界に誇る石材「庵治石(あじいし)」の可能性を追求するために生み出されたプロダクト、
「AJI PROJECT(アジプロジェクト)」をご紹介させて頂きます。

よい御縁があり、今回も本当に素晴らしい「ものづくり」と出会うことができました。

石工(いしく)さんたちが、生涯を懸けて追及している奥深い「庵治石」の魅力、少しでもお伝えできればと思っています。
 
■目次■
・庵治石を知っていますか?
・庵治石ってこんな石
・庵治石が使われる製品、使用例
・最後に~SELECT SHOP ROOTS135°の想い~
 

-庵治石を知っていますか?-

瀬戸内暮らしのノート
(庵治石が採掘される五剣山の丁場の中で、最も規模の大きい“大丁場”の様子。壮観。)

突然ですが、皆さんは庵治石をご存知ですか?

私たち、SELECT SHOP ROOTS135°が拠点を置く香川県。

庵治石は、その中心地である高松市の北東部に位置する牟礼・庵治地方だけで産出する花崗岩です。

石の世界では「花崗岩のダイヤモンド」と称され、最高級の評価を受けている御影石なのです。
※注:「花崗岩」は岩石としての名称、「御影石」は石材としての名称として使われています。

山全体が花崗岩の層からなる五剣山(ごけんざん)、地元では八栗山(やくりさん)とも呼ばれて親しまれている
地域の象徴のような山です。

その五剣山から産出する庵治石は、まさに、この地域の宝と呼べる資源なのです。
 


-庵治石ってこんな石-

瀬戸内暮らしのノート
(画像は、庵治石の原石。画像のもので2メートルほどの大きさ。)

次に庵治石の特徴について触れていきたいと思います。
 

■水晶と同じ高度

庵治石は、鉱物の硬さを分類する硬度(モース硬度)でみると「7度」に分類され、これは水晶と同じ硬さに値します。

鉱物の結晶が緻密で結合力が強いため石の組織全体が締まり凝縮することによって、他の石材よりも硬いのです。

この硬さ故に、非常に細工がし辛く、職人の高い技術が要求される石でもあります。

この庵治石独特の硬さのことを石工さんたちは、石としての「ねばり」があると表現します。

「ねばり」があるため、石がごろっとまとまって崩れることがなく、細かく割れるので、細かな細工を施すことが可能になります。

加工するほど豊かな表情になる石、それが庵治石なのです。

ちなみに、石材として有名な大理石でも硬度は「4度」、最高はダイヤモンドの「10度」です。
 
■きめ細やかな地肌

花崗岩の中でも特にきめ細やかな地肌と結晶の緻密さを持つ庵治石は、数種類の小さな石の結晶から成り、
その粒子の大きさによって、細目(こまめ)・中細目(ちゅうこまめ)・中目(ちゅうめ)の大きく3つに分類されます。

瀬戸内暮らしのノート 
(出典:https://ishiyas.com/most-expensive-stone-ajiishi/)

【庵治石 細目】

世界一の誉れも高い花崗岩。

肌理の細かな地肌で、グレーの黒い割合が高い。

石全体が奥行きのある二重の絣(かすり)のように見える「斑(ふ)が浮く」という現象が特徴です。
 
【庵治石 中細目】

結晶の細かさ、色味などは庵治石細目と中目の中間に位置します。

細目、中目と比べると産出量が少ない石です。
 
【庵治石 中目】

細目と比べると白系色の結晶が大きく、庵治石の中では明るく美しい白さがある石です。

主成分である黒雲母(くろうんも)の粒子が小さく、少ないためです。

瀬戸内暮らしのノート
(画像は、錆石の原石。鉄分が多く含まれているため、茶色いのが特徴。)
 
【庵治石 錆石】

前述の3つの種類以外にも、錆(さび)石と呼ばれる石があります。

「瀬戸内よいもの便り」でご紹介している「AJI PROJECT」のプロダクト、
「Wing」「Any」「ROCK END」(12月初旬入荷予定)は錆石を使用しています。

石に含まれる鉄分が多いため、石表面で酸化し変色して茶色に見えるのが特徴です。

墓碑などに使用されることはほとんどなく、独特の趣が珍重され、参道や縁石、建材などに幅広く使われています。
 

■美しい斑(ふ)

庵治石の見た目の特徴としてまずに挙げられる、美しい「斑」。

石を構成する結晶が細かいため、小さな黒雲母の数が多く、磨くほどに幻想的な二重の絣模様として浮かび上がってきます。

 瀬戸内暮らしのノート
(画像は、美しい斑が表れた庵治石細目。)
 
しかし、この黒雲母の集合体によって表現される美しい模様が、なぜ庵治石の一部にだけ発生したのかは、
庵治石の採掘が始まって約1000年が経つ現在も謎のまま解明されていないそうです。

大自然が創り出した神秘としか言いようがありません。
 

■風化する速度が遅く、経年変化に強い

庵治石は花崗岩のなかでも最も新しい時代にできた花崗岩です。

そのため時間経過によって風化する速度が遅い傾向があり、新鮮な美しい瑞々しさが永く保たれます。

一般的に花崗岩は経年変化により赤茶色に変色したり、艶がなくなったりするものです。

しかし、良質な庵治石は、黒雲母に含まれる鉄分が極めて少ないため、年月の経過による変色や艶落ちが極めて少ないのです。

結晶の結合が強く緻密なため吸水率が低く、水分を含みにくい、そのためにシミになりにくく、
風化もしにくいという大きな特徴が備わりました。

さらに、化学変化にも強く酸性雨による石の劣化が少ないことも庵治石が重用される理由です。


 
-庵治石の製品、使用例-

瀬戸内暮らしのノート
(画像は、庵治石の裁断機。刃先に付けられたチップには人口のダイヤモンドが埋め込まれている。)

これまでに綴ってきた特徴から、庵治石が造形された際の上質な佇まいはイメージして頂けるのではないでしょうか。

さらに、経年の変化に強く丈夫であることから、作られた当時の美しい姿が永く保たれます。

天候・気候に関係なく、常に屋外に立ち続ける墓碑などや神社仏閣のモニュメントへ求められる耐久性において、
庵治石は他の石を圧倒的に凌駕しているのです。

瀬戸内暮らしのノート
(画像は、加工の途中に見つかった傷をマーキングしている様子。裁断してみないと分からない傷もあり、歩留まりが悪い。)


瀬戸内暮らしのノート
(鉄分が雨などの水分で石の中に染み出し、広がって固着してしまった錆石。裁断して初めて分かる。)

他の石種と比べて大材が採れにくく、実は傷も多い庵治石。

裁断などの加工を進めていかないと分からない傷もあり、その傷を薄皮を剥ぐように裁断していき、きれいな石を取り出します。

さらには、加工をするのにも職人の高い技術が必要なために、
きれいな目の模様が整った石材製品として市場に出るものは、丁場から採掘したものの3%程度に過ぎません。

この希少性が庵治石ブランドへさらなる価値を付与しているのです。

品格や尊厳を感じさせる斑模様の美しさ、石として類稀なる耐久性、そして希少性。
庵治石が世界の人々を魅了する理由です。

この他にも、日本を代表する建造物にも庵治石は使われています。

代表的なものを挙げれば、広島平和記念公園 原爆慰霊碑、道後温泉本館の浴槽湯口、
1964年東京オリンピックの聖火台、首相官邸など、です。

また、来年開催される東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場となる、
新国立競技場の3階通路の景観材としても使用されています。

また庵治石は、私たちが「瀬戸内よいもの便り」でご紹介させて頂く「AJI PROJECT」のように、
その特性を活かして、日々の暮らしに寄り添った「ものづくり」へと姿を変えています。


 
-最後に~SELECT SHOP ROOTS135°の想い~-

瀬戸内暮らしのノート

「瀬戸内」の豊かな自然がもたらしてくれる恵みには、温暖な気候が育む農産物、
瀬戸内海で獲れる海産物などとともに、今回のスタッフルームで綴った「庵治石」もそのひとつに数えられるはずです。

「自然の恵み=資源」「土地」「産業」「働き、暮らす人々」が一体となり未来へ進んでいくエナジー。

今回、「AJI PROJECT」のご紹介をさせてもらうにあたって訪れた香川県高松市の牟礼町・庵治町の庵治石産地で
強く感じることができました。

荘厳な雰囲気のある採石場(丁場)での採掘から、石の加工、そして完成した製品の配送までの全てが、
この地域に暮らす職人たちの手で行われています。

これら全てがひとつとなって、これらすべてをひとつにして「庵治石」と言えるのだと気づかされました。

個性溢れる職人の方々が、それぞれに語る庵治石の魅力や庵治石に対する想いには、産地としての『誇り』が垣間見えます。

まだまだ微力な私たちですが、庵治石産地の方々の想いを一緒になって前に進める一助になりたいと強く思います。

数多くのプロダクトが生み出されている「AJI PROJECT」のほんの一部しかご紹介できていませんが、
まずは身近なデスクトップ周りの小物から、「庵治石」の魅力を感じてください。

ご精読ありがとうございました。
 

2020-10-25 09:31:54

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「瀬戸内海」と「瀬戸内」という名称の由来



こんばんは。

SELECT SHOP ROOTS135°スタッフの三澤です。

瀬戸内暮らしのノート初更新で少し緊張しています。

今回お届けする内容は、「瀬戸内海」と「瀬戸内」という名称の由来についてです。

私は、瀬戸内に生まれて暮らしていながら「瀬戸内」とよく耳にする言葉に馴染みはあるものの、詳しくは知りませんでした。

これからの「瀬戸内での暮らし」と、「瀬戸内のよいもの」の発見の為にも少しずつ勉強し、皆様と共有出来たらと思います。


■目次■

・「瀬戸内海」の範囲はどこからどこまで?
・「瀬戸内」と名付けたのは外国人!!
・「瀬戸内」は日本で最初の国立公園
・まとめ~SELECT SHOP ROOTS135°の想い~

 
-「瀬戸内海」の範囲はどこからどこまで?-

瀬戸内暮らしのノート
「瀬戸内海」瀬戸内海 写真上は北東方向。(2020年9月23日 (水) 01:43)『ウィキペディア日本語版』。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%80%AC%E6%88%B8%E5%86%85%E6%B5%B7


 
「瀬戸内海(せとないかい)」とは、日本列島の本州、四国、九州の大きな三つの島に囲まれた、東西450km、南北約15~55kmにわたる日本最大の内海です。

沿岸地域を含めて「瀬戸内(せとうち)」とも呼ばれます。
 
皆さんは「瀬戸内海」に面している都道府県はいくつあると思いますか?

私は、香川県と瀬戸大橋を渡って向かいにある岡山県、徳島県から明石海峡大橋を渡って兵庫県、しまなみ海道がある愛媛県、広島県では?と曖昧で自信満々に答えることが出来ませんでした。
 
瀬戸内海に面している都道府県は、徳島県・香川県・愛媛県・和歌山県・大阪府・兵庫県・岡山県・広島県・山口県・福岡県・大分県とあります!!
 
「瀬戸内海」の範囲は

1、領海法施行令
2、海上交通安全法施行令
3、漁業法
4、瀬戸内海環境保全特別措置法

と、いろいろな法律によって定められているのですが、それぞれちょっとずつずれています。

瀬戸内暮らしのノート
領海法(領海及び接続水域に関する法律)による瀬戸内海の定義。面積1万9,700㎢

瀬戸内暮らしのノート
瀬戸内法(瀬戸内海環境保全特別措置法)による瀬戸内海の定義。面積2万1,827㎢

国際的には、上の図にある領海法の定義が「瀬戸内海」と認識されています。

「瀬戸内海」法令が定める範囲(2020年9月23日 (水) 01:43)『ウィキペディア日本語版』。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%80%AC%E6%88%B8%E5%86%85%E6%B5%B7#.E6.B5.B7.E5.9F.9F



SELECT SHOP ROOTS135°も独自の「瀬戸内の定義」があります。

私たちは、香川県、愛媛県、徳島県、山口県、広島県、岡山県、兵庫県、大阪府、和歌山県、大分県、福岡県の1府10県同に、四国地方に位置する高知県を含めた1府11県を「瀬戸内」とします。

地続きで同じ四国地方に位置する高知県にも、地域で育まれた資源、産業、自然と人々、多くの方に豊かな彩りを与えられる、厳選されたプロダクトが過去から現在まで大切に生き続けていると思い、SELECT SHOP ROOTS135°で「瀬戸内のよいもの」として紹介する事で、守り続けていけたらと思います。


瀬戸内暮らしのノート
▲氷期の瀬戸内
瀬戸内暮らしのノート
▲現在の瀬戸内
出典:せとうちネット(http://www.env.go.jp/water/heisa/heisa_net/setouchiNet/seto/g1/g1chapter1/index.html)

今から約2万年前の氷期の最盛期には、地球上の水分の多くが氷河として地上にあったために、海面は現在より130km程低くて、瀬戸内海は陸地でした。
 
備讃瀬戸あたりを境に、大きな川が東と西に流れ出し、紀伊水道と豊後水道を抜けて、太平洋に注いでいたともいわれています。
 
そのころ日本と大陸は陸続きで、マンモスなどの動物が大陸から渡ってきていました。
 
それから次第に地球の気候が温暖となり、地上の氷河が解けて海水面が上がり、1万年前にほぼ今の瀬戸内海が出来上がりました。
 
約6千年前には現在より数m高い海面にまでなりましたが、その後海面は降下し、約5千年前に現在の海岸線に落ち着きました。
 
瀬戸内海各地の縄文遺跡は瀬戸内海の形が出来た6、7千年前当時の河辺か海辺に位置しています。
 
また、瀬戸内海に散在する大小さまざまな700余りの島々は、氷期の瀬戸内海に存在した小高い山々の名残です。


-「瀬戸内」と名付けたのは外国人!!-

「瀬戸内海」という文化的景観は、この海での人々の生活と共に育まれたもの。
 
その「価値」は、近代において発見されたものです。
 
「瀬戸内」という概念が誕生したのは、江戸時代後期のようです。
 
和泉灘・播磨灘・豊後灘・安芸灘というように、それぞれの海水域の呼称は早くから存在していました。
 
しかし、全体をひとつの「内海」とみなす視点はありませんでした。
 
「瀬戸内海」という呼び名が誕生したのは19世紀頃。
 
じつは、まだ100年余りの歴史しかありません。

しかも、最初にそう呼んだのは、海外の来訪者たち。

瀬戸内暮らしのノート
「フェルディナント・フォン・リヒトホーフェン」( 2020年7月15日 (水) 12:46‎ )『ウィキペディア日本語版』。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%88%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%B3

フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェン 

シルクロードの命名者として知られるドイツの地理学者です。

将来、世界で最も魅力のある場所のひとつとして高い評価を得て、沢山の人を引き寄せるだろうと紹介、広く世界に知られることになったといわれています。


瀬戸内暮らしのノート
「トーマス・クック」( 2019年9月24日 (火) 09:15)『ウィキペディア日本語版』。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%83%E3%82%AF

トーマス・クック

イギリス・ダービーシャー州メルボルン(英語版)出身の実業家です。

自らの名前を冠した旅行代理店であるトーマス・クック・グループの創業者、近代ツーリズムの祖として知られています。

彼は明治5年(1872)に日本を訪問した際、英国、スコットランド、アイルランド、スイス、イタリアのどの湖よりも素晴らしく、それらの良いところをだけを集めてひとつにしたほど美しいと絶賛しています。
 
この海域に訪れた欧米たちが用いた「The Inland Sea」、すなわち「内海」と呼び始め、これを日本の地理学者などの知識人が参照し、翻訳した結果、「瀬戸内海」と呼ばれるようになったそうです。


-日本で最初の国立公園「瀬戸内海国立公園」-

昭和9(1934)年に日本で最初の国立公園として、3ケ所が指定されました。

雲仙(長崎県)、霧島(鹿児島県)、そして瀬戸内海です。

なかでも最も広大であると同時に、際立って多様な地域から構成されているのが「瀬戸内海国立公園」です。
 

公園の特長
 
指定日:昭和9年3月16日
 
面積(陸域のみ):66,934ha
 
大阪府、兵庫県、和歌山県、岡山県、広島県、山口県、徳島県、香川県、愛媛県、福岡県、大分県
 
備讃瀬戸を中心に紀淡・鳴門・関門・豊予の4つの海峡に囲まれた地域のうち、広い海域とそこに点在する島々、それを望む陸地の展望地が公園区域として指定されています。
 
その範囲は1府10県にまたがり、海域を含めると90万haを超え、国内で最も広い国立公園です。
 
特長は、大小数々の島で構成された内海の多島海景観です。
 
沿岸の陸域にはそれらを眺められる展望地が多数存在します。
 
また、瀬戸内海一帯は早くから文化が栄え、人と自然とが共存してきた地域であり、島々の段々畑や潮待ちの港町など、自然と暮らしが一体となった親しみやすい景観であることも大きな特長の一つになっています。

出典:環境省ホームページ (https://www.env.go.jp/park/setonaikai/point/index.html

瀬戸内暮らしのノート
▲瀬戸内海国立公園のひとつである香川県坂出市と丸亀市の境界上にある城山園地。

城山(きやま)は、昭和25年(1950)に、追加指定されました。

古代の城の総称である城(き)をそのまま山名としています。

讃岐岩質安山岩(さぬきがんしつあんざんがん)の頂上付近に、朝鮮式山城跡(ちょうせんしきやましろあと)があります。

山頂からは、瀬戸内の島々・讃岐山脈などが眺望できる自然の展望台です。

山道の運転に慣れていない私には、山頂に辿り着くまでスリル満点のドライブでした。


-まとめ ~SELECT SHOP ROOTS135°の想い~-

幼いころから馴染みのある海と山に囲まれた風景を当たり前のように目にしていましたが、改めて「瀬戸内」について調べてみると初めて知る事ばかりです。
 
「瀬戸内」は、1府10県が揃って一つの地域として見るからこそ素晴らしい。
 
昔も、今も変わらず何度も訪れたくなる気持ちが分かります。
 
瀬戸内を旅するごとに自分なりのお気に入りスポットを見つけるのもいいかもしれません。
 
他府県の方や海外の方が「瀬戸内」に訪れると、ここは心休まる非日常の景観が広がっていて、多くの感動をもたらしている。

この環境だからこそ生まれた「瀬戸内」の地形、気候、暮らし、文化、産業、についても調べていきたいと思います。
 
まだまだ勉強不足ですが、未来の人に「瀬戸内を残しておいてくれてありがとう。」と思ってもらえる活動をSELECT SHOP ROOTS135°を通して行ってきたいです。

 
SELECT SHOP ROOTS135°のInstagramでは毎日、香川県観音寺市にある一の宮海岸から見える「瀬戸内海」の様子をストーリーズに投稿しています。
 
一の宮海岸は、白砂青松の遠浅海岸として古くから親しまれる海水浴場です。
 
お天気が良い日も、悪い日も、ありのままをお届けしています。
 
今日は、どんな瀬戸内海が見えるでしょうか…。
 
お時間があるときに覗きに来てください。

最後までお読みいただきありがとうございました。

瀬戸内暮らしのノート


参考:瀬戸内海モダニズム周遊 著者:橋爪信也 芸術新聞社
http://www.gei-shin.co.jp/books/ISBN978-4-87586-394-6.html


 

2020-10-01 18:59:08

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「GTIS.」経年変化レポート第1弾

GTIS.ブランドトップイメージ

お久しぶりです、店長の古沢です。

今回のスタッフルームは、「エイジング(経年変化)を楽しみながら、永く大事に使っていただく」という、

デニムの本質を体現したデニム帽子ブランド「GTIS.」の経年変化レポートをお届けします。

デニムの奥深さ、そして「GTIS.」の魅力を古沢の主観的レポートでお伝えします!

デニム専門用語が多数出てきますが、ご容赦下さい。

また、別の機会にマニアックデニム用語解説もしたいと思います。
 
 
■目次■
・はじめに
・モデル名:0201B 
 愛用者:SELECT SHOP ROOTS135°店長古沢
・モデル名:0003B
 愛用者:帽子メーカー女性企画スタッフ Aさん
・モデル名:0001B
 愛用者:「GTIS.」デザイナー M氏
・まとめ ~SELECT SHOP ROOTS135°の想い~
 

-はじめに-

デニム好きにとって、デニムを身に付けることの醍醐味は、経年変化によって自分だけの色落ちに育っていくこと。

「GTIS.」は、全てのプロダクトに岡山県産のセルビッジデニムを使用しています。

ロープ染色でしっかりと染められたインディゴと旧式のシャトル織機で手間暇かけて丁寧に織られたセルビッジデニムは

簡単に変化が見られるようなことはなく、かなり手強い代物です。

それでも、じっくりと付き合っていけば、ジーンズやジャケットに勝るとも劣らない唯一無二の色落ちに必ず辿り着きます。

ヴィンテージデニムパンツからインスパイアされたこだわりのディテールを詰め込み、

老舗帽子工場の職人たちによる丁寧な縫製で仕上げられた「GTIS.」のデニム帽子。

永く付き合うことによって、自分の身体に馴染み、どんどん愛着が湧くのもデニムの魅力です。

あなたの相棒になる、お気に入りの1枚を探してみて下さい。
 
 
-モデル名:0201B
    愛用者:SELECT SHOP ROOTS135°店長古沢-


瀬戸内暮らしのノート

瀬戸内暮らしのノート

瀬戸内暮らしのノート


こちらは、古沢愛用の「0201B」です。

8ozのライトなデニムを使用したメトロハット。

浅めで軽い被り感とツバ裏に施されたチェーンステッチによって、

ウネリのある凹凸のアタリが出るように工夫されているのが特徴です。
 

【基本データ】

着用期間:約6カ月

着用頻度:週2~4日

洗濯回数:16回

洗濯方法:洗濯機。

蛍光増白剤の入っていない洗剤(エマール)で、ネットに入れて単独洗い。

干し方:裏返して、天気が良ければ天日干し。
 

瀬戸内暮らしのノート

色落ち進度は30%程度(古沢主観)。 

インディゴも濃く、全体的に毛羽も残っていて、まだまだ色落ちは楽しめる状態。

個人的好みですが、ライトオンスのデニムは古着のペインターパンツでよくお目にかかるくらい

使い込まれた明るめのライトブルーが似合うと思っているので、まだまだ育て足りないです。

8ozといえども、インディゴの染めはしっかりしていて思いのほか色落ちは進みません。

もう少しじっくりと付き合っていきます。

瀬戸内暮らしのノート

頭の6方パネルの接ぎ合わせ部分とツバの先に薄っすらと「アタリ」が出始めています。

「タテ落ち」も頭の頂点付近から、僅かに出始めている感じ。

好みのライトなブルーに育つころには、頭のトップから放射線状にきれいな「タテ落ち」が入っている様子をイメージしています。

色落ち進度はまだまだですが、デニムはかなり柔らかくなり馴染んできました。

このデニムハット、とにかく被り心地が良く、被っていて楽。

私は、ほぼ毎日帽子を被っていますが手に取る確率はかなり高いです。

被り始めは、まだ糊も残っているので、しゃっきり、パリッとしていましたが、2、3回の洗濯で十分馴染みました。

さすがは8ozセルビッジデニム。

瀬戸内暮らしのノート

レザーパッチもいい感じのアメ色に変化、未防縮のレザーなので、デニム同様に経年変化が楽しめます。

ロゴもかなり薄くなってきました。

瀬戸内暮らしのノート

ツバ裏に施された「コア―糸」のチェーンステッチは縮みが生じ、デニム表面にウネリが生じています。

「アタリ」はまだほとんどなく、これからのエイジングが楽しみです。
 


 -モデル名:0003B
  愛用者:帽子メーカー女性企画スタッフ Aさん-


瀬戸内暮らしのノート
 
瀬戸内暮らしのノート

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「GTIS.」の人気品番「0003B」。

こちらは、帽子メーカーの女性企画スタッフさんの愛用品です。

小柄で頭のサイズも小さい(55㎝弱ほど)ので、被り始める前にぬるま湯に浸して、

じっくり糊落としをして、天日干しでしっかり縮めたそうです。

縮み具合はツバに顕著で、目視でも一回りくらいは縮んでいるように見えます。
 

【基本データ】

着用期間:約5カ月半

着用頻度:週3~5日

洗濯回数:24回

洗濯方法:洗濯機。

着用開始から3カ月頃までは、蛍光増白剤の入っていない洗剤(エマール)でネットに入れて単独洗い。

4カ月目以降は蛍光増白剤が入った洗剤も使用(トップスーパーNANOX、アタック抗菌EXジェル)し、

ネットに入れずに、その他の衣類と一緒に洗う。

干し方:天日干し、部屋干し。

 
瀬戸内暮らしのノート

色落ち進度は30%程度(古沢主観)。

全体的に毛羽が残っていて、インディゴもまだまだ濃い。

瀬戸内暮らしのノート

「アタリ」は頭の6方パネルの継ぎ目、サイズ元の腰テープ部分、ツバに少し出ています。

14.3ozのセルビッジデニムは、きれいな青みかかったネイビーに落ちてきていますね。

このくらいのデニムの濃さが好きな人、多いのではないでしょうか。

もう少し色落ちが進めば、すっきりとしたきれいなブルーになりそうな予感がします。

瀬戸内暮らしのノート

レザーパッチはマットなアメ色に変化。

表面に少しシワが寄るように線が入っています。

未防縮加工の革なので、洗い方や干し方で個体差が出てきて面白いですね。

「GTIS.」ロゴも薄くなっています。

瀬戸内暮らしのノート

「0003B」はツバ裏のチェーンステッチとツバ先のバイアス裁断テープが、

だんだん縮んでいくことにより、ツバが反り返ってくる設計です。

しかし、Aさんはフラットなツバで被りたいというこだわりで、

洗濯後、平らに整えて干しているそうです。

ひと手間かけることで、好みのツバにコントロールできるようですね。

ツバ自体は縮みがかなり進んでいて、ウネウネと凹凸が出ています。

瀬戸内暮らしのノート

これから「アタリ」がどのように出るのか、楽しみです。
 


-モデル名:0001B
  愛用者:「GTIS.」デザイナー M氏-


瀬戸内暮らしのノート
 瀬戸内暮らしのノート

最後は、こちらも人気の「0001B」です。

全体の色落ち進度は75%といったところでしょうか(古沢主観)。

この帽子の持ち主は、何を隠そう「GTIS.」ブランドの生みの親であり、デザイナーのM氏。

相当ハードに被り込んだ色落ちは、さすがの一言。

「アタリ」の強弱もハッキリと出ていて、「生機」のデニムらしい色落ちに育っています。
 

【基本データ】

着用期間:約1年6カ月

着用頻度:週6日

洗濯回数:70回以上

洗濯方法:洗濯機。

初めの3回までは単独洗い、以降は蛍光増白剤が入った洗剤(アタック)を使用し、

ネットに入れずに、その他の衣類と一緒に洗う。


瀬戸内暮らしのノート
 
「生機」とは織り上がった、そのままの状態の生地で、

防縮加工や毛焼きなどの「整理加工」が施されていないことを言います。

「整理加工」を施せば、製品としては格段に扱いやすくなりますが、表面は均一に引き伸ばされ、

ヴィンテージデニムが持ちうる独特の風合いや色落ちは損なわれてしまいます。

その点、「生機」のデニムは表面にネップ、毛羽が立ち、生地そのものは扱いづらいですが、

パンツやジャケットと比べると「アタリ」が出づらい帽子でも、画像のようなエイジングを見せてくれます。

少しダメージも出ていますが、メカニックキャップのデザインとハードな色落ちが相まって「アジ」として馴染んでいますね。

瀬戸内暮らしのノート

切りっぱなしの赤耳のワンポイントも程よくほつれて雰囲気が出ています。

リベットも錆びて変色し、いい感じ。

余談になりますが、

昔、某有名国産デニムブランド直営店の店長が「僕はリベットの錆びの話だけで朝まで酒が飲める」と

豪語していたのを思い出しました(笑)

瀬戸内暮らしのノート

革パッチのプリントはほとんど消えていますが、きれいなアメ色に変化しています。

もう少し、表面が擦れてきたりするとキャップの雰囲気ともさらに合ってきそうですね。

瀬戸内暮らしのノート

新品の状態だとアイキャッチやデザインポイントになるホワイトの「コア―糸」のステッチも

ボディの退色が進むとデニムに馴染んで中和され、また違った表情に見えます。

「0001B」の色落ちサンプルとしては、ひとつの完成形と言っていいのではないでしょうか。



-まとめ ~SELECT SHOP ROOTS135°の想い~

瀬戸内暮らしのノート 
 
大量生産、大量消費に異が唱えられている今こそ、上質な材料を使い、

丁寧に作られたひとつの「モノ」としっかり向き合い、永く使い続けるというスタイルを

「GTIS.」を通して、私たちは提唱していきたいと考えています。

そのために、「GTIS.」はリペア(修理)対応も承っています。

ブランド名に込められた「Grow Together=共に育つ、In SETOUCHI=瀬戸内で」のメッセージ。

様々な人たちがデニムを育て、そのライフスタイルそのものがデニムに多様性として表現される、

そんなデニムの楽しさを知ってもらいたいというデザイナーの想い。

「瀬戸内」が誇る上質な資源とものづくりの技術から生み出されるプロダクトを発信することで、

「瀬戸内」の健康な労働環境を守り、子供たちへ繋げていきたいというSELECT SHOP ROOTS135°の想い。

この2つの想いを乗せて、「GTIS.」は未来へ進んでいきます。

経年変化レポート第2弾もお楽しみに。

ご精読ありがとうございました。

 

2020-09-19 20:55:57

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砥部焼とは

瀬戸内よいもの便り

こんにちは、店長の古沢です。

SELECT SHOP ROOTS135°の新しい試み「瀬戸内よいもの便り」はご覧いただけたでしょうか。

私たちが暮らす瀬戸内の魅力や、瀬戸内の職人たちが培ってきたものづくりの技術を多くの方に知っていただきたい、お伝えしたい、そんな想いから始まった企画です。

未だ見ぬ瀬戸内の魅力を発見し、興味を持っていただくきっかけになれたら幸いです。
瀬戸内発の「モノ」たちとの出会いを楽しんでください。

今回のスタッフルームは、そんな「瀬戸内よいもの便り」でご紹介している【遠藤窯】さんが作る焼き物「砥部焼(とべやき)」の歴史や魅力について、少し掘り下げて綴ってみたいと思います。



■目次■
・砥部焼の陶里「愛媛県砥部町」
・砥部焼の誕生秘話
・現在までの砥部焼
・砥部焼の特徴、魅力
・まとめ ~SELECT SHOP ROOTS135°の想い~



-砥部焼の陶里「愛媛県砥部町」-

瀬戸内暮らしのノート
(写真は現在の砥部町の風景)

砥部焼は、愛媛県砥部町を中心に作られる陶磁器です。
一般には、食器、花器等が多く、愛媛県の無形文化財に指定されています。

砥部町は愛媛県の中央に位置し、砥部川が町の中心部を流れる盆地状の地形です。
砥部の盆地は、山裾の傾斜が窯の立地に適しており、周囲を囲む山々から燃料となる木材が簡単に手に入ったため、古くから焼き物作りに最適な土地でした。

実際に、6~7世紀頃のものとみられる須恵器の窯跡がいくつも発見されています。

かつての奈良・平安時代から、砥部・外山の砥石山から切り出される砥石は、「伊予砥」と呼ばれて、中央にもよく知られた存在でした。

今では磁器の砥部焼も、江戸時代の半ばごろまでは山から陶土が採れることもあって、陶器が作られていたということです。



-砥部焼の誕生秘話-

瀬戸内暮らしのノート

砥部焼が誕生したのは今から約240年ほど昔、江戸時代です。
その背景には次のようなエピソードがあります。

砥部は江戸時代には大洲藩に属しており、伊予砥の生産も変わらず盛んに行われていました。
一方で砥石の切出しの際に出る砥石屑の処理は大変な重労働で、当時この処理作業に従事させられていた村人たちが過酷な労働に耐えられず、暴動を起こす事態にまで発展したそうです。

そんなとき、伊予砥の販売を一手に引き受けていた大阪の砥石問屋が、天草の砥石が磁器の原料となることを聞きつけ、大洲藩に伊予砥の屑石を使って磁器を生産することを進言しました。

この進言を受けて、財政状況の厳しかった大洲藩は、新たな産業を生み出そうと、捨てるしかなく、悩みの種だった砥石屑を原料にした磁器の開発を始めたのです。
これが、安永4年(1775年)の事でした。

この開発の責任者に人選されたのが組頭の杉野丈助です。

丈助は肥前から呼び寄せられた5人の陶工とともに、五本松の上原(今の砥部町五本松)に窯を築き、試焼・本焼を行いました。

しかし、釉薬が解けず、地肌に大きなヒビが入るという問題に直面し、何度繰り返しても解決することはできません。

とうとう、仲間の陶工たちは愛想を尽かして故郷へ帰ってしまうという事態に。

ひとりになっても丈助は試行錯誤を繰り返し、終いには窯にくべる薪が無くなり、自棄になって、家の柱や畳まで燃やしたそうです。

そんな折に筑前の陶工から釉薬原料の不良が失敗の原因だと聞き、新しい釉薬を探し求め、試しました。
その結果、安永6年(1777年)、ついに白磁器の焼成に成功したのでした。

1人の人物の努力と苦悩、希望と執念が結実したのが砥部焼だったと言っても過言ではないかもしれません。



-現在までの砥部焼-

瀬戸内暮らしのノート

白磁器焼成の成功後も、釉薬の原料石を近隣地域で採掘し、安定供給できるようにしたり、新たな陶石の発見によって、より白い磁器を作ることを可能にするなど、絶え間なく技術改良がなされていきます。

明治以降砥部焼は「伊予ボール」の名で輸出されるようになり、1893年(明治26年)シカゴ世界博覧会で砥部焼の「淡黄磁(たんおうじ)」が出品され1等賞に輝きました。

「砥部焼」の名は世界でも知られるようになっていきました。

戦争の影響で一時期は生産・販売が落ち込んだものの、戦後は手作りの良さが再び評価されることになります。

機械化されていく他の産地と比べ、手仕事の技術が高い評価を受けたためです。

若手陶工を中心に、ろくろや絵付けなどの技術向上に励み、近代的デザインへの後押しも多く行われました。

昭和51年、陶器の世界では全国6番目に「伝統的工芸品産地」として指定され、伝統的な砥部焼の技法は、今もしっかりと受け継がれています。

最近では、女性や若手陶工の手による伝統的な技法にこだわらないモダンで新鮮な作品も多くなっており、新たな魅力を見出した新しい砥部焼にも注目が集まっています。



-砥部焼の特徴、魅力-

瀬戸内暮らしのノート

ぽってりとしたやや厚手の独特の形で、丈夫で使い勝手が良いことが砥部焼の1番の特徴であり、魅力です。

硬度が高く、丈夫で割れにくいため食洗機で洗えます。

さらに、熱に強いため電子レンジでの加熱も可能(使われている釉薬によっては対応できないものもあります)。

毎日の食卓に並ぶ、日常使いにぴったりのうつわです。

ぽてっと愛らしいフォルムは、毎日使うことが楽しみになるような、置いて眺めているだけで楽しくなるような、実用性とデザイン性を兼ね備えています。

砥部焼は、筆を使い手作業で絵付けを施されているものが一般的です。
描かれるモチーフも自然を手本にしたものが主流で、唐草紋、太陽紋、なずな紋などがよく知られています。

また、陶石を原材料に作られる「磁器」は、土が原材料で、あたたかみのある地肌の「陶器」と比べて冷たいイメージを持っている方が多いかもしれません。

ところが砥部焼は「磁器」ですが、乳白色のあたたかみある白磁なので冬でも冷たさを感じさせないから不思議です。

生活の中に溶け込んで、気取らず、飾らず、日常にそっと寄り添ってくれる。
そんな日々の暮らしにぴったりのうつわが多いことは砥部焼の大きな魅力です。

素朴な形と味わいのある色で、日常使いのうつわとして、永く人々に愛され続けている砥部焼。

誠実な姿勢で「ものづくり」を続けてきた産地は、現在では100近くの窯元たちが集い、時代にあった工夫とデザインを探求し、さらに発展を続けています。



-まとめ ~SELECT SHOP ROOTS135°の想い~-

瀬戸内暮らしのノート

砥部の土地が恵んでくれた資源を使い、そこに暮らす人たちが、そこでしかできない「ものづくり」を続けて、200年以上の歴史を紡いできた砥部焼。

昔から変わらないところ、時代とともに新しい人たちが集い、新鮮な風を吹き込んで、進化・発展していくところ、砥部焼はそのバランスがちょうど良いな、と感じます。

SELECT SHOP ROOTS135°は、そんな砥部焼の【遠藤窯】さんに出会いました。
ほっこりした雰囲気のご夫婦が営む小さな窯元です。

作品をお取り扱いさせていただくために、何度か窯へお邪魔させてもらいましたが、いつもおふたりの優しく、温かい雰囲気と親切な対応に居心地が良くなり、長居をしてしまいます。

砥部焼はおろか、焼き物についても一般的な知識程度の私たちに真摯に、丁寧に、語ってくださり、製法など細かなことまで教えてくださいました。
おふたりの対象に対して、真摯に、丁寧に向き合う姿勢が創り出される作品にも表れています。

この度、【遠藤窯】さんの作品を「瀬戸内よいもの便り」でご紹介できたことを、本当に嬉しく思っています。

多くの方に知って、使っていただきたい、使う人のことを考えた丁寧な「ものづくり」と食卓が楽しくなる「うつわ」たちです。

これからも「瀬戸内よいもの便り」では、瀬戸内の魅力に出会うきっかけになれるような「モノ」を厳選し、皆様へご紹介して参ります。

ご精読ありがとうございました。

2020-08-19 13:07:18

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陶器と磁器の違い

瀬戸内暮らしのノート

こんにちは、店長の古沢です。

今回、「瀬戸内よいもの便り」でご紹介した砥部焼の窯元【遠藤窯】さんの作品、ご覧になっていただけましたでしょうか。

これまでの砥部焼の枠にとらわれない、伝統に新しい風を吹き込む自由な視点でものづくりをされています。

料理好きのご夫婦が創作する、盛り付けた料理が映えるフォトジェニックなうつわたちです。

ぜひ、チェックしてみて下さい!

私も【遠藤窯】さんのお取り扱いに際して、焼き物について初歩的なことを勉強し、いくらか知識が深まりました。

これからも興味を持って、学んでいきたいと思っています。

今回のスタッフルームは、基礎知識編ということで、「陶器」と「磁器」の違いについて綴りたいと思います。



■目次■

・焼き物の呼称
・陶器とは
・磁器とは
・陶器と磁器の見分け方



-焼き物の呼称-

最初に、陶器と磁器の違いを話す前に「焼き物」の呼び方について。

「焼き物」という呼び方以外にも、「陶磁器」「瀬戸物」などという呼称も聞いたことがあるのではないでしょうか。

これらは全て、陶器と磁器を総称しての呼称なのです。



-陶器とは-

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(写真は益子焼のうつわ)



では、ここからが本題、陶器と磁器の違いについて。

陶器と磁器は原料や製造方法に違いがあるため見た目や性質も異なっており、比較的簡単に見分けることができます。

まず、焼き物は焼いて熱を加えることにより、原料の分子同士が結びつくことによって高度が出る、ということを覚えておいて下さい。

この変化を「焼締まり」と言います。

陶器は、主な原料に陶土(粘土)を使い、1100~1300度で焼いたもので、「土物」とも呼ばれます。

粘土は焼いても十分に焼きが締まらないために、磁器に比べて柔らかく吸水性があります。

通常は、光沢のある釉(うわぐすり)を施すため、水を通すことはありません。

また、陶器は熱しにくく冷めにくい(熱伝導率が低い)という特徴があります。

日本の有名な陶器には、美濃焼(岐阜県)、瀬戸焼(愛知県)、唐津焼(佐賀県・長崎県)、益子焼(栃木県)、信楽焼(滋賀県)、萩焼(山口県)、萬古焼(三重県)、備前焼(岡山県)などがあります。



-磁器とは-

瀬戸内暮らしのノート
(写真は砥部焼のうつわ)

磁器は、主な原料に陶石を粉砕した石粉を使い、1300度程度で焼いたもので、「石物」とも呼ばれます。

焼きが締まってガラス化しているため、吸水性はほとんどなく、陶器に比べて硬度が高くなります。

また、磁器は熱しやすく冷めやすい(熱伝導率が高い)という特徴があります。

日本の有名な磁器には、砥部焼(愛媛県)、有田焼・伊万里焼(佐賀県)、九谷焼(石川県)などがあります。



-陶器と磁器の見分け方-

陶器と磁器は、色合いや透明度、叩いた時の音、重さなどで違いがあり、見分けることができます。

陶器よりも磁器の方が透明度が高いので、淡い色で透かして光を通さなければ「陶器」、白い色で光を通せば「磁器」。

また、叩いたときに、鈍い音がすれば「陶器」、金属的な高い音がすれば「磁器」。
これは、前述の「焼締まり」が陶器の方が弱く、磁器の方が強いためです。

厚手で重いものが「陶器」、薄手で軽いものが「磁器」。

一般的には、このように判断することができます。



瀬戸内暮らしのノート

今回は「陶器」と「磁器」の違いについて、簡単にまとめてみました。

知っているような気になっていて、実はよく分かっていないことというのは、意外とありますよね。

今後も取り扱う商品に関する、基礎知識や豆知識を定期的に更新していきたいと思っています。

ご精読ありがとうございました。

2020-08-19 13:05:44

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究極の日本商品「J ∞ QUALITY」とアパレル国内生産の現状

瀬戸内暮らしのノート

こんにちは、店長の古沢です。
「スタッフルーム」記念すべき第1回目は少しだけ堅いテーマにしてみました。

皆さんは最近、店頭やECサイトなどで「J∞QUALITY」という表記を見かけたことはありませんか?
「J∞QUALITY」と書いて、「ジェイクオリティー」と読みます。
 
ものづくりにおける品質を限りなく追及した日本製であること、各工程の背景が見えること、安心して購入できる安全な商品であることを意味し、「MADE IN JAPAN」「日本製」を超える【本物の品質】を備えているという証です。

今日では、MADE IN JAPAN・日本製=高品質というイメージは多くの方の認識に根付いていると感じます。
ひとつひとつの作業に職人たちが、こだわりを持って丁寧に縫い上げた日本製品は本当に素晴らしく、世界へ誇れると言っても過言ではないでしょう。

しかし、日本のアパレル生産の現状はとても厳しい立場に置かれています。

私たちSELECT SHOP ROOTS135°は、この価値あるものづくりの技術と製品をこのまま消えさせることなく、日本の重要な産業として「未来」へ繋げていきたいと考えています。

そのためには、まず今の厳しい現実を受け止めなければなりません。

今回は、日本製品の素晴らしさを伝え、職人たち作り手の深いこだわりや技術が体現され、お客様が安心して購入できる商品「J∞QUALITY」と日本のアパレル生産の現状について、最後にSELECT SHOP ROOS135°の決意表明も少し、綴りたいと思います。
 


■目次■
・MADE IN JAPAN、日本製とは何か
・日本のアパレル生産の現状
・究極の日本商品の証「J∞QUALITY」
・まとめ~SELECT SHOP ROOTS135°の想い~



瀬戸内暮らしのノート

■MADE IN JAPAN・日本製とは何か 
 
「MADE IN JAPAN」「日本製」というワードはよく耳にすると思います。このワードを見て、聞いて、ネガティブなイメージを持つ人は殆どいないのではないでしょうか。
きっと、「高品質」「高い技術力」などといったポジティブなイメージを想起することでしょう。

一言に「MADE IN JAPAN」「日本製」と言っても業界によってそれぞれ基準が設けられています。
アパレル業界の場合の「MADE IN JAPAN」「日本製」とは、商品の最終工程である「縫製」が日本で行われたモノであることが基準となっています。

つまり、日本国内で生産された生地(材料)を、海外で縫製した場合は「海外製」、海外で生産された生地(材料)を、日本で縫製した場合は「日本製」となります。
 
当然ながら、日本国内で生産された生地(材料)を日本で縫製した場合も「日本製」です。
これは、日本の縫製工場で働く人が海外の方々であっても、「日本製」となります。
 
アパレルの場合は、MADE IN JAPAN・日本製=日本国内縫製という図式が成り立ちます。


 
■日本のアパレル生産の現状
 
アパレルにとって、MADE IN JAPAN・日本製を謳うには日本国内で縫製することが必須だということは、先のコラムで説明させてもらいました。
 
では、日本のアパレル生産の現状はどうなっているのかについて、少し触れたいと思います。


瀬戸内暮らしのノート
 
出典:経済産業省製造産業局生活製品課「繊維産業の課題と経済産業省の取組」

 
現在、日本のアパレル生産は非常に厳しい状況に置かれています。
それは政府が発表しているデータを見ても顕著に表れています。

少し前のデータになりますが、2017年の衣料品の輸入浸透率は97.6%という驚きの数字が出ています。

つまり、アパレルの国内生産比率(数量ベース)は僅か2.4%ということになります。
アパレルの日本製品は高価格品という位置づけだと思いますが、金額ベースに置き換えても、それでも全体の22.3%です。
 
私たちが普段着ている服のほとんどは、今や海外で生産したものに占められています。


瀬戸内暮らしのノート
 
出典:経済産業省製造産業局生活製品課「繊維産業の課題と経済産業省の取組」

 
こちらは、さらにショッキングなデータです。1990年代初頭のバブル崩壊以後、アパレルの生産は人件費の安い海外へと移っていき、国内生産は減少の一途を辿ります。
繊維事業所数と出荷金額は、バブル期最終の1991年に比べると、2015年時点で約1/4 にまで減少してしまいました。
 
かつて、日本製アパレルが安定して生産、供給されていた時代には、従業員数500人以上の大規模工場が国内に何カ所も存在していました。

私はアパレルの仕事に関わって10数年ですので、この時代のことは知りません。
国内のアパレル縫製工場で500人規模というのは、ちょっと想像できないくらいです。
 
現在では、この大規模工場は皆無となり、生き残っているのは100人から200人規模の中規模工場、数名から数十名規模の小規模工場たちです。
100~200人規模の工場はオーダースーツやオーダーコートなどの工場が中心と聞きます。
数十名規模の小規模工場は特化した技術を持ち、海外では難しい個別の仕事に対応しています。

こうした小規模工場の中で、特に地方の工場では外国人技能実習生(中国人、東南アジア人の方が多い)を使って労働力を確保しているという現実もあります。
先のコラムでも触れましたが、「日本製」だけど日本人が作っていない、というケースが実は沢山あります。
 
中小規模工場は、人材確保の部分で常に頭を悩ませています。前述のような急場凌ぎの人材確保で高い品質と永年培われてきた技術が、きちんと継承されていくのかという不安と常に闘っているのです。


瀬戸内暮らしのノート


瀬戸内暮らしのノート

出典:経済産業省製造産業局生活製品課「繊維産業の課題と経済産業省の取組」

 
現在日本国内で取り扱われるアパレル商品の市場規模は、10兆円を少し下回る程度と言われています。
バブル期には15兆円程度の規模があり、減少傾向に歯止めが掛かりません。
これに反比例するように、供給量はバブル期の20億点から40億点程度へ倍増しています。
 
一方、衣料品の単価は、バブル期最終の1991年から比べると60%前後に下がっています。
 
アパレル消費のトレンドは、ファストファッションを代表とする、安価な服へと大きく傾いてしまいました。
この流れは、もう変わることはないかもしれません。
 
単価の安い服を作るため、生産拠点を人件費の低い海外へ移していった結果、国内のアパレル生産現場が大きく縮小してしまった現実は、先のデータで示した通りです。



瀬戸内暮らしのノート

■究極の日本商品の証「J∞QUALITY」
 
日本のアパレル生産が、今非常に厳しい状況だということは感じて頂けたかと思います。
 
こうした中で、中小規模の工場が生き残っていくためには、お客様が本当に価値を感じるモノ(商品)を作り、そのモノ(商品)の価値に納得してもらえるストーリーを添えて、自分たちの手で、もしくは想いを共有できるパートナーと一緒に、お客様へ「直接」伝えていくことだと考えます。
 
ものづくりのクオリティーを限りなく追及し、且つ、日本人のライフスタイルの質を高めていくにふさわしい「MADE IN JAPAN」「日本製」をコンセプトにした商品のブランドとして生まれたのが「J∞QUALITY」です。

私たちは、日本で作られた本当によい「ものづくり」の価値を伝えていくためのひとつのストーリー、背景として、「J∞QUALITY」を位置づけています。
 
アパレル製品ができるまでには、「素材(材料)を作る(織る・編むなど)」「染色整理加工」「縫製」という大きく分けて3つの工程が存在します。
 
この3つの工程を担う企業に「企画・販売」をする企業を加えて、計4つの企業それぞれが一般社団法人日本ファッション産業協議会の制定する「J∞QUALITY」の認証企業であり、さらに、生産された商品がJ∞QUALITYの「商品認証」を得られて初めて、「J∞QUALITY認証商品」としてお客様に届けることができます。
 
当然ながら、前述の3つの工程は、全て日本国内で行われる必要があり、どこか1つの工程でもJ∞QUALITYの企業認証を受けていないと、J∞QUALITYの商品として世に送り出すことはできません。
 
日本のアパレル生産の現状を鑑みると、かなり難しい「ものづくり」のハードルになります。

だからこそ、純正の日本国産商品として、職人たち作り手の深いこだわりと技術力、全て国内生産で生産者の顔が見える安心感という価値と生産背景のストーリーは、お客様に伝わるものだと思っています。




瀬戸内暮らしのノート
 
■まとめ~SELECT SHOP ROOTS135°の想い~
 
日本国内のアパレル生産比率は2017年の時点で僅か2.4%にまで下がっています。

これは危機的な数字だと考えています。
 
中小規模の縫製工場の多くは、メーカーの下請けで仕事をしていて、なかなか利益を生みにくい環境下に置かれています。
また、地域産業の衰退や職人の後継育成のための人材確保など、様々な問題を抱えています。
 
私たちが生活する、「瀬戸内」にも古くから連綿と受け継がれてきた繊維業や縫製業の伝統産業があり、それを生業にしている工場と職人がいます。

こうした産業と職人の技術を「未来」へ繋げ、子供たちが憧れ、夢と誇りを持って豊かに働ける仕事として残していきたい。

「MADE IN JAPAN」だから、「日本製」だから「良い」のではなく、その産業と工場や職人たち独自の良さを伝えていきたい。

SELECT SHOP ROOTS135°が、高品質なこだわりのものづくりを体現している瀬戸内の「J∞QUALITY」認証企業の方々を巻き込んで、モノとストーリーを発信するハブとなる。
 
まだまだ、小さな存在の私たちですが、そんな希望を抱いています。
この想いを実現すべく、少しづつではありますが、「瀬戸内のよいもの」を皆様へご紹介するコンテンツも計画しています。
 
これからも多くの方の暮らしに彩りを添えられる「モノ」をお届けできるよう、日々のショップ運営にスタッフ一同励んで参ります。
 
ご精読ありがとうございました。
 

2020-07-27 15:03:00

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天然草木の種類と特徴

~夏の風物詩 麦わら帽子は ベストな熱中症対策~​



夏の風景を思い浮かべると・・・海や花火、入道雲を背景にひまわりが咲き、スイカを頬張る子供達も。
瀬戸内の温暖で穏やかな風景の中では、農作業をしているおじいさんや、おばあさんも思い浮かびます。
夏の風物詩の麦わら帽子は、そうした風景に欠かせないものです。

原料の麦わらは空気の層が多くあることが最大の特徴です。
そのため遮熱性が高く直射日光にあたっても熱が伝わりにくく、通気性も良いので蒸れにくく涼しいというわけです。

天然草木が原料ですので、保存状態や取り扱い方などによっては割れることがありますが、それを差し引いても天然素材がもつ魅力は大きいです。



麦わら以外にも帽子に使われる天然草木は沢山あり、光沢が美しい素材や、折りたためる素材。カラフルな色に染める事ができる素材などそれぞれに特徴があります。
それぞれの特徴をご参考に、あなたが欲しい帽子を見つけるヒントになると幸いです。


【麦わら】
麦わら帽子は蒸れにくく、軽くて涼しい素材ですので、湿度の高い日本の日よけに最適です。
また紫外線に一番強い帽子は麦わら帽子だと言われていて、紫外線カット率は約90%もあるそうです。

麦わら帽子とは本来、明治初期に「麦稈真田(ばっかんさなだ)」を使用したもののみを指していました。麦稈真田とは、大麦の稈を真田紐のように編んだもので、100年以上の歴史があります。この麦稈真田を渦巻きのように縫い合わせて帽子の形にしたものが"麦わら帽子"と呼ばれていました。昔は埼玉県と岡山県の2県が主な産地でしたが、現在は中国製品が安く大量に輸入されています。

麦稈を丸物のまま編んだものを原草、裂いて編んだものを披草と言います。さらに原草には、”白(WHITE)”と呼ばれる麦稈の白色
のみを編んだものと、”雑(MOTTLED)”と呼ばれる麦稈の黄色と白色を交叉して編んだものがあります。


【パナマ草(トキヤ草)】
パナマ草を使った帽子と言えばパナマハット。葉を細く裂いて編んでいる帽子をいいます。
割いて細かく編めば編むほどしなやかで、弾力が出て、頭の形にフィットします。
丈夫でしなやかなパナマハットは、材料の細かさ、職人の編み方によって価格へと大きく影響してきます。素材が細く、繊細で密に編まれているものは、編み目から光が漏れないほどの精密さで、丈夫で軽くしなやかな逸品です。

産地はエクアドルを中心にメキシコ、コトンビアなど中南米の一部。名称の由来になっているパナマのモンテクリスティという町はパナマハットの名産地として良く知られています。



【シゾール】
マニラ麻を原料とした天然繊維のひとつで、やや硬めな繊維ですが、純白に漂白出来るため染色の自由度が高く染まりがよい素材です。光沢と発色に優れ、天然草木の中でも色艶で目を引く帽子です。

細い繊維できめ細かい編地のものが多く、薄くて軽い被り心地です。
ただ、現在編む職人と染色工場が世界的に減少しているため、希少な帽子になりつつあります。


【ラフィア】
ヤシ科の植物で葉を乾燥して作られます。風通しがよくムレにくい、夏のお出かけにぴったりの素材です。

天然素材は、固いものは使っていくうちに割れてしまうことがありますが、ラフィアは天然樹脂を含んでいるため独特の柔軟性があり、
折りたたんでも壊れない高い耐久性があります。また温めると形が変わり、変形しても回復させやすいことも利点です。また使い込むごとに柔らかくしなやかになり、色味の経年変化も楽しめます。



【ケンマ草】
ケンマ草も麻の一種で、光沢があり繊維の芯から染色が可能なので染まりが良いこと。品質が高いものはシゾールのような風合いがあります。
麦より軽くて、割れにくい丈夫さが特長です。清涼感があり、通気性抜群の素材なので春夏にぴったりの帽子です。


【ジュート】
ジュートというのは黄麻と呼ばれる麻の一種類で、コーヒー豆を入れた麻袋にも使われている繊維です。コーヒー豆は生豆の状態で1袋60~70㎏入れ取引されるそうで、その強度と耐久性、通気性の良さも想像しやすいのではないでしょうか?

汗ばんでも水分の吸収と発散が早く速乾性に優れ、盛夏にもぴったりな素材なのですが、独特なチクチクっとする独特な質感がありますので、直接肌に当たらないようなデザインのものや、裏地が入ったものがあります。

比較的厚い生地の製品が多いようですが、すると保温性もありますので、薄いものをお勧めします。




【ペーパー】
ペーパー素材とはその名のとおり、”紙”を原料にして作られた素材のことです。
軽くて丈夫、染色の自由度が高く、そして何より安価なことから近年、帽子にバッグ、洋服など様々なアイテムに使用されています。
 
ペーパー素材の原料は和紙に近い紙、または和紙(和紙は洋紙よりも1本の繊維が長く耐久性に優れています)。この紙を細く切り、撚って糸状にしていくことで、ぐっと密度が高くなり、服飾アイテムにも使用できる強度となっています。

この糸でかぎ編みをしたバッグや、生地のように織ったシートで縫われた帽子、一見麦わら帽子のようなブレード帽子など、利用の場が広がっています。天然素材では難しい、豊富な色展開や美しい発色が可能なことも、人気の高い理由です。



・・・いかがでしたでしょうか?
今回ご紹介できた種類は一部ですが、世界の暖かい地域には春夏用の帽子に適した素材が沢山あります。
あなたに合った素材とデザインの帽子が、この夏を素敵に演出できますように。

2020-04-30 16:28:41

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